米沢嘉博「戦後エロマンガ史」から pt3

p68「六 青年劇画誌スタートの影で」では、「漫画パック」(1967年9月創刊)が取り上げられ、創刊号に掲載された凡天太郎『人肉面』について〈海外ホラームードを持つ力の入った作品で、スタイルもホラーイラストの影響を受けていた。凡天太郎のホラー嗜好、テクニックを確認することができる〉と書かれています。
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凡天太郎は「少女」や「ひとみ」に連載していた少女月刊誌に執筆していた石井清美時代も含め、怪奇漫画を発表したのは『人肉面』が初めてですが、猟奇的なテーマと都会的な美女が確信的なタッチで描かれています。
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これ以降、「漫画OK」の『現代不良少女伝』の連載と並行し、漫画パックでは『忍法無惨伝』の連載開始まで怪奇色の強い短編を数本発表しています。
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さらに同年12月増刊号では、「漫画パック」には挿絵、紙芝居出身の作家が多いという記述に続いて〈この雑誌を主導していったのは凡天太郎のナギサプロのようで〉〈68年9月15日では凡天が表紙を手がけ、京極仁、小日向一夢、ヒモトタロウのほかナギサプロ作『夜のハレンチ野郎』が掲載されている。画は竹内寛こと竹内寛行である。〉〈「漫画パック」はナギサプロを中心とした68年頃がもっとも面白かった〉とあります。ナギサプロの名前の由来は、凡天太郎が横浜に流れ着き、多美子夫人と出会い、放浪の終着地となったスナックの名前が「渚」だったことに由来します。(私はこの事実を知るまで、渚耕介のプロダクションだと思っていました。)

まだエロに特化した漫画雑誌の存在しない時代の青年マンガと大人漫画の中間という曖昧で混沌とした雑誌群(「漫画OK」「漫画パック」など)と、Pt2で挙げた「コミックmagazine」のような劇画誌の両方に作品を発表する作家は非常に少なく、凡天太郎の他、笠間しろう、いばら美喜、橋本将次、前田寿安くらいだった事を補足しておきます。

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